2015年2月1日日曜日

父親の急逝

2015年 2月 1日 (日)  晴れ 強風


●今日から2月です。今年も残すところ11ヶ月となりました。(笑)

 昨日の朝は仙台市太白区でも久しぶりの降雪・積雪(約25cm)となり、朝8時頃から約30分

 間、自宅前の道路の除雪作業を行いました。


●1月14日は奥会津地方では「歳の神」や「鳥追い」、「早乙女踊り」などの小正月の行事が各地で

 行われます。

 仙台市内では「どんと祭donnto-sai」といい、お正月の松飾や前年に購入しただるま等を近所の

 神社へ持ち込み、お焚き上げをしていただきます。

 神社によっては各種学校や企業、団体の「裸参り」なども行われ、14日の午後から15日のお昼

 頃までお焚き上げの炎が燃え続けます。


●松飾を神社へ納める1月14日の午後に私の父親があっけなく急逝しました。

 14日は月に1度の父親の兄弟たちとの昼食会の日で、父は午前10時30分頃に自宅を出て、

 会場の仙台駅前のホテル・メトロポリタンへ向かいました。

 昼食を兄弟3人で食べ、その後仙台駅地下で買い物をし、午後1時30分頃にタクシーで自宅へ

 戻ってきました。(私が事務所から確認しています。)

 帰宅後、父親は着替えて、自分の寝室で休んでいた様子です。

 その後、外出先から戻った母親が4時頃、近所の神社へ松飾を納めに行き、帰宅後は夕食の

 準備を行っていました。

 午後5時50分に夕食の準備ができ、父親の寝室へ声を掛けたところ、返事が無かったので寝室

 へ入り、ベッドの上であおむけになって死亡している父親を発見しました。

 本当にいつものように、ただ眠っているかのような様子でした。

 直ぐに私が呼ばれ、心臓マッサージを行いましたが既に意識や呼吸もなく、すぐさま救急車を要

 請し、仙台市立病院の救急救命センターへ搬送されました。

 救急救命センターでも多くの医師の方々が必死の救命措置を行いましたが、午後8時頃死亡が

 確認されました。


●救急救命センターでの死亡後のCT検査等で死因は「急性心不全」、死亡推定時刻は午後4時

 から午後4時10分ころとの診断がなされました。


●正直、さっきまでぴんぴんしていた一人の人間が、こうも簡単にあっけなく亡くなってしまうもの

 かと驚きの心境でした。


●自宅寝室での死亡で、死亡を誰も確認していないため「不審死」の扱いとなり、病院からの連絡

 で管轄の仙台南警察署の刑事課の警察官が「検死」に訪れ、私と母親が発見時の状況を事情

 聴取されました

 しかし、人工透析が8年間にもわたり、また、昨年は心臓の手術や胃がんの手術等で数回に

 わたり入退院を繰り返していたため、検死は形式上のもので、約10分程度で終了しました。


●その後、死亡現場の確認・記録が必要とのことで、私だけが自宅へ戻り、仙台南警察署の鑑識

 課の警察官2名が自宅を訪れ、寝室の状況確認や、日常服用していた薬等の写真撮影を約30

 分間行い、すべてが終了しました。


●病院で死亡が確認された後に、葬儀社や寝台車の手配を行っていたため、遺体は午後9時過ぎ

 には自宅に戻りました。


●翌15日早朝からの菩提寺との相談や手配で、16日18時からお通夜、17日10時から出棺、

 10時30分から火葬、14時から葬儀、15時から法要、15時30分から会席とスケジュールが

 決定し、あとはスケジュールに追われながら、忙しくただただ時間が経過するに任せるだけの

 3日間でした。


●葬儀が終わってからは、8年間も週3回の人工透析に通った仙台赤十字病院への支払いや

 荷物の引き取りやお礼、東北大学病院や眼科、歯科等の予約のキャンセル、区役所や社会保険

 事務所、郵便局、銀行等の各種手続き、各種保険金の請求等、事務処理の数の凄さに現在も

 圧倒されています。


●また、四十九日法要までに仏壇を用意するため、自宅茶の間に仏壇を置くスペースを設けるべく

 自宅を建築した伊達市保原町の工務店に発注するなど、仕事が次から次へ発生しています。